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日本保育学会第 73 回大会発表論文

「ミッケルアート キッズ版の開発」

 ここでは、第73回日本保育学会で事例発表した論文内容を掲載しております。

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橋口 論(静岡大学発ベンチャー企業・株式会社スプレーアートイグジン)

Ⅰ 背景と目的

 子どもは身近な人や物など、あらゆる環境から刺激を受ける。そして、このような経験の中で様々なことを感じ、新たな“気づき”の機会を得る。“気づき”をきっかけに子どもは自分なりに考え、自分の力でやってみようとする態度や意欲を育んでいく。その力は、ひいては生きる力を身につけ、自らの生活を確立していくことに繋がる。

保育所保育は、将来、子どもに生きる力や自立を身につけることを使命とし、子ども一人ひとりの状況や発達過程を踏まえながら、計画的に保育の環境を整えたり構成していく立場にある。

では、環境を通じて子どもが自分で考え、自分で行動するためにはどういった方法があるだろうか。

 そこで筆者(橋口)は、保育所の在り方を全うする保育士がどのようなことで悩み、壁にぶつかっているのか知る為、保育現場を訪ね聞いてみた。保育士達の回答は様々であったが、中でも新人ベテラン問わず多かった意見は「“なぜそれをしてはいけないのか”“こういった時、どうしたらよいのか”について、言葉だけでは伝わりにくい子どもが増えた」というものだった。

上記の経緯から、本稿では視覚から子どもへアプローチする方法をとり、「子どもが自ら考える力を育む」為のアート制作を目的とした。

 また、視覚からアプローチするツールとしてリアルなタッチのアートを選択した。その理由は、保育士から「子どもによって伝わりやすいツールが異なる。既存の写真やデフォルメされたイラストなどの絵カード以外にも、新たなツールがほしい」という声があり、現場からの意見を参考に制作するアートをリアルなタッチに限定した。

Ⅱ 方法

 まず最初に、現場ではどのようなアートが求められているか知る為、2019年1月から12月までの期間を設け、保育所92箇園802名(回答件数802件、有効回答率100%)に事前アンケートを行った。

 サンプル対象は保育所で働く園職員としたが、多忙さゆえに全職員からの回答は不可能と考えられることから、訪問留置調査にて園長が任意の保育士からアンケートをとった。

アンケートの設問は「⽇々の保育の中で難しく感じる点(自由回答)」「使ってみたいアートの題材(複数回答可)」といった、現場で求められるアートを制作する為に必要な情報を設問した。

 次に、事前アンケートを単純集計し、その結果をもとに生活習慣、食育、季節の行事、交通安全、命の大切さ、生き物、人との関わり合い、職業などを題材とした450種類のアートを制作した。(図1 制作したアートの例)

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 制作したアートは、本アンケートの協力許可を得ることのできた保育所24箇所で保育士に活用してもらった。活用方法は保育士によって得意分野が異なることから各園の保育士に一任し、450種類から毎月5種類を選択してもらい、それを配布した。

 活用期間及び本アンケートは訪問留置調査で行い、それぞれ24箇園の保育所のいずれかで働く430名の保育士から回答を得た。回答期間は2019年6月から12月までに区切っている。本アンケートの内容については「5種類のアートを活用した対象年齢(複数回答可)」「5領域(健康、人間関係、環境、言葉、表現)で特に意識したこと(単回答)」「子どもの反応(自由記述)」「保育士の行った工夫(自由記述)」について報告してもらった。(図2 アートの活用事例)

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 自由回答を除く集計は、本アンケートから得られた回答を単純集計した。回収したアンケートのうち特定の設問のみ無回答のものは、有効回答数・有効回答率に含め、「無回答」として集計した。

 

Ⅲ 結果

 保育士が「5種類のアートを活用した対象年齢(複数回答可)」(n=430、有効回答数1422、有効回答率100%)の結果は「表1 5種類のアートを活用した対象年齢」の通りとなった。

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 この結果から保育士がアートを活用した対象年齢クラスは、上位から5歳児クラス82.3%、僅差で3歳児クラス82.0%と続き、三番目に4歳児クラス76.7%の順に多いことがわかる。

次に、保育士が「5領域(健康、人間関係、環境、言葉、表現)で意識したこと(単回答)」(n=430、有効回答数361、有効回答率84.0%)からは、環境60.1%、健康23.0%、の順に回答が多く、言葉は1.1%、表現は1.4%と下位であった。(「表2 5領域で特に意識したこと」参照)

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 三つ目の結果として、アートを活用した際の子どもの反応について、環境に関する事例を挙げる。

 

事例1

【使用したアート】

 田んぼにカエルやザリガニがいるアート

 

【このアートを使う保育士のねらい】

 絵を見て動植物に興味を持ち疑問に思うきっかけになってほしい。

【子どもたちの反応】

 「これはなんだろう」と疑問に思ったり、自分の考えたことを相手に発信することが出来ていた。

 

【アートを使用した保育士の感想】

 子ども達が疑問に思っていることを調べたり自分で探求できるように声掛けしていくことができた。

事例2

【使用したアート】

 卵から産まれた幼虫が脱皮し、セミになるアート

 

【このアートを使う保育士のねらい】

 生き物の成長の過程に興味を持つ。

 

【子ども達の反応】

 今度は何になるんだろう?と考える子が多くいた。図鑑を見て考えて楽しんでいた。

 

【アートを使用した保育士の感想】

 いつも貼っている場所に貼る事で子ども達がすぐに気付けていたが、違う場所に貼っていくのも楽しいかもしれないため、来月試してみようと思う。

Ⅳ 考察・結論

 結果から、アートを活用する対象は3歳児クラスから5歳児クラスまでが多かったことから、幼児期までは子ども達の健やかな成長の補助がメインで求められる保育士だが、3歳児クラス以上になると、子ども達は自分で考え、表現し、行動することが求められ、保育士にはその補助を見守りと共に役目を担わなければならない。とくに小学校入学への準備へ向け、より一層子ども達の心身ともに健康に成長する過程を見守り、時に補助する必要がある。その成長を促すツールとして、今回、多種多様なアートが描かれたツールが用いられたと考えられる。

 また、保育士が5領域で意識した割合から、保育士はアートを通じて「環境」「健康」を意識した環境づくりに重きを置いているといえる。集団生活の場では感染症対策は必須であることから、「健康」に関するアートの需要が多かったと考えられる。「環境」については、自然環境や生活環境など様々な面を持っている為、今後はどのような環境が求められているのかさらに調査する必要がある。

 子どもの反応を示した事例では、アートは以下のような役割を担うのではないかと考えられる。

 

1.アートを掲示するという環境づくり

 今回の研究では、アートは園の壁面を活用することが多々あった。アートを壁面に掲示することで、子どもは自然に視界に捉え、一人でじっくり見たり、想像したりと、自ら考えるきっかけづくりになった。

 

2.答えを言わないという掲示方法

 保育士は生物の成長過程を一気に掲示せず、1週間ごとにアートを変化させるという方法で掲示した。答えを示さないことで、子どもが図鑑で調べ、考える意欲につながっている。また、普段みることができない世界を知ることで、思考や想像力が深まる様子が見受けられた。

これらを踏まえ、子ども自ら考える力を育む為には、子どもの成長に合わせた題材の選択、アートを通じて視覚的に興味を抱かせること、アートの掲示方法、アートを差し替えるタイミング、「どうしてだと思う?」等保育士の適切な働きかけが重要といえる。保育士の補助と見守りのもと、子どもは自ら考え、友達と話し合ったり、図鑑で調べたりと、深い学ぼうとする意欲につながった。

 そして本稿で制作したアートによって、「子どもが何に興味を持っているのか知ることができた」という現場の声がある。そのことから、保育士が子どもについて知るツールの一つとなり、アートを見て自分の考えを発言することで、自発性や思考を促すきっかけづくりに役立ったと考えられる。

 今後も、様々な題材を増やし、継続的にアートを活用することで、どのように保育の幅が広がったのかを事例検討していく必要がある。

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