ミッケルアートによる回想療法の数値評価・検証

日本認知症予防学会 2014年 浦上賞受賞 

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1. ミッケルアートとは 

筆者(橋口論=研究責任者)は、高齢者が自分らしく生き生きと暮らせる社会にするためには、コミュニケーションの機会と場づくりが重要であると考えた。そこで、従来の回想療法のツールの良い特徴を集約し、高齢者が回想しやすいコミュニケーションツールとして昔懐かしい絵画「ミッケルアート」を開発した。介護施設に入所している高齢者は、75歳から95歳の年齢層が多く、回想対象の時代とは、大正から昭和30年代に当たる。ミッケルアートでは、高齢者が「懐かしく思い出す」回想の営みを効果的に促進するため、絵画の題材として、例えば、茶の間など、当時の日本の生活に伝統的な風習を意図的に描き、同時に、隠し絵的に配置された動物、教科書などのアイテムを「見つける」というクイズ性を付加している。(図 1、2)これは、懐かしい感情こそが興味関心・意欲を引き出して脳機能の活性化を促すからである。ミッケルアートは、高齢者が自発的に会話をしやすいコミュニケーションツールであり、介護職員がご高齢者の視点や立場に立って理解し、ケアを行う事で、
BPSD緩和による認知症進行抑制要介護状態の悪化の進行抑制に有効であると考える。


2. 目的 

ミッケルアートの回想療法によって認知症高齢者の行動・心理症状(以下、BPSD)、及び認知症高齢者の日常生活自立度(以下、認知症自立度)及び障害高齢者の自立度(以下、寝たきり度)への効果を検証する。

3. 研究方法

2013 年 8 月 15 日~2014 年 1 月 31 日に、特別養護老人ホーム9ヶ所、デイサービス16ヶ所、グループホ ーム4ヶ所、ケアハウス 3 ヶ所において、104 人の認知症高齢者(要介護 1~5、認知症自立度I~M、寝たきり度 J1~C2)を対象に介入を行った。ファシリテーターとなる介護職員 1~2 人に対し高齢者 6 人以下の 人員配置で、週 2 回程度(1 回あたり約 20 分間)のグループワークを行い、高齢者の認知症自立度、寝たきり度、BPSD を認知症行動障害尺度(以下DBD)、センター方式(焦点情報)により記録した。また、一部の高齢者に対して、グループワークにおける会話の逐語分析を行った。

4. 研究結果
4-1 BPSD 緩和効果の結果


表1a に DBD による評価点数の 2 時点間の差の平均値を示す。差は、いずれのケースでも、時間経過で 「後」の評価値から「前」の評価値を引くことによって求めた。例えば、1に関しては、「1 ヶ月後-介 入直前」である。また、表 1a は、取得した全データ、表 1b は4時点の全てで取得できたデータに限定して算出した結果である。

1 介入直前と比較し、介入開始から 1 ヶ月後は 1.23 点改善した。統計分析の結果、
有意水準 1%で有意な差が認められた。

2 介入直前と比較し介入開始から 3 ヶ月後は 1.55 点改善した。統計分析の結果、
有意水準 5%で有意な差が認められた。

3 介入終了直後と、介入終了から1ヶ月後を比較すると 0.00 点であり、変化は認められなかった。このことは、この間の変化の幅は小さく、従って介入の
効果が維持されたことを示唆する。 
 

4 介入前と介入終了から 1 ヶ月後を比較すると 1.47 点改善した。統計分析の結果(図 7d、表 2d)では 有意な差は認められなかったが、57 のデータの中で負が 34、正が 16、ゼロが 7 であり、明らかに負のデータが多く含まれている。そこで、正、負のデータ数を用いた符号検定を行った結果、負の個数 に関しては z=2.404、p 値=0.016<0.05 となり、有意水準 5%で負のデータが多いとの結論を得た。な お、図 7d には、分布の右端に大きな値 30 が1つだけ現れており、そのデータは、検証前から若差の検定でも水準 5%で有意差が認められた。

5. 研究アドバイザーの考察 (東京認知症研究・研修センター 永田久美子)

5-1 介入終了直後と介入終了から1か月後の比較:継続的取組みの重要性

 ミッケルアートの回想療法による介入を継続していた期間中は、DBD(平均点)の低下傾向がみられたが、介入終了時と終了1ヶ月後を比較するとDBD(平均値)は上昇傾向に転じていた。ミッケルアートの回想療法による介入を継続することがBPSDの緩和に一定の効果があることが示唆されたといえる。高齢者が日常の中で、ミッケルアートを用いて回想を行う時間を継続的にもてるように、職員側の意識や業務の流れを意図的にかえていくことにより、
高齢者の安定と職員のBPSD対応の時間を減らす(負担軽減効果)が期待できる。

5-2 言語の量・質の変化:人間的な感情を喚起し、自立度の向上や状態の安定、生活の質の向上の好循環をもたらす効果

 

 センター方式D-4を用いて、ミッケルアートの回想療法による介入期間中の対象者の言語(ありのままの言葉)の記録を継続したところ、対象者の自発的な言語量が増加していることが確認された。また言語内容についてみると、介入前の否定的で断片的な内容から、懐かしさ、楽しさ、喜び、意欲に関する前向きな内容が一連の文脈をもって語られるように変化していることが確認された。このことから、ミッケルアートの絵の1枚1枚をみることが、安らぎや懐かしさ、人間的で豊かな感情を喚起する効果があることが示唆されている。また回想療法の時間内のみでなくその後の生活時間帯でも、回想に関連した行動を自らやりたいという意欲が維持され、自発的な行動が生じていた。自分でやってみたい→やってみたらできる(自立度の向上)→自信の蘇り→状態の安定(BPSDの減少)→全体としての生活の質の向上という、一連の変化(好循環)の可能性が示唆された。認知症が進み、特に施設生活を送るようになると、人間的な感情を喚起する機会が減り、自立度の低下、BPSDの頻発、生活の質の低下という負の悪循環に陥りやすいことが各方面から指摘されてきている。今回のミッケルアートを用いた回想療法は、比較的短時間・簡易な方法で、認知症の人が陥りやすい負の悪循環から脱却できる効果が期待できることが示されたといえる。

 


5-3 マンネリ化を防ぎ、職員の気づきやアセスメント、ケア、やりがいの向上をもたらす効果


 長期にわたる認知症の人の介護に携わる職員は、日常の中で一人ひとりの高齢者の豊かな感情や個性、有する力を見落としやすくなる問題が指摘されている。今回、ミッケルアートによる回想療法を通じて、職員は高齢者の活き活きした言動にふれることができ、職員自身の新鮮な気づきや喜び、認知症のある高齢者への見方や関わりの変化をもたらしていた。ミッケルアートを用いた回想療法は、短時間で簡便な方法で、認知症ケアの現場の職員が陥りやすいマンネリ化を防ぎ、気づきやアセスメント、ケアややりがいを向上させる効果を期待できるといえる。
 


5-4 日常の生活のディテイル(些事)に注目したケアの質の向上の効果

 ミッケルアートの特徴のひとつとして、1枚1枚の絵の中に日常生活風景のディテイル(些事)が描かれていることがあげられる。センター方式D-4の記録を分析すると、対象者は漠然とした回想ではなく、ミッケルアートのディテイル(些事)に触発されて、自分自身のかつての生活の細部にわたった記憶を蘇らせていた。細部にわたった記憶が語られたことで、職員はそれに連動した会話をつなげやすく、日常の中で個々の人の言葉(個性)に合わせた具体的な支援に展開していくシークエンスがみられた。認知症の進行に伴い、本人の個性や意向をとらえにくくなり、画一化したケアに陥りがちなケア現場の現状を打開し、ケアの質の確保・向上をはかるために、今後ミッケルアートがケアの現場に幅広く普及していくことが望まれる。

結論

 介護施設における高齢者の
BPSDと認知症自立度及び寝たきり度に対し、ミッケルアートによる回想療法が症状の維持・改善に効果があり、これによって生活の質の改善・向上を図る方法として一定の有効性を持っていることが示唆された。



研究責任者 及び 研究アドバイザー

橋口論 (静岡大学発ベンチャー企業・株式会社スプレーアートイグジン)
齋藤やよい (東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科 教授)
大河原知嘉子 (同大学大学院 院生)
永田久美子(東京認知症介護研究・研修センター)
今井幸充(医療法人社団翠会 和光病院 院長) 
山田文康 (静岡大学大学院情報学研究科 教授)
宇佐美好洋 (帝京平成大学健康メディカル学部作業療法学科 助教)

公益社団法人 全国老人福祉施設協議会 老施協総研 平成 25 年度調査研究助成事業 による助成を受けて実施